鼻をくすぐるい草の芳香と、日本酒が放つ奥ゆかしい香りが思い浮かぶ瞬間——畳と日本酒、異なる伝統文化ながらも人の記憶に深く残る存在だ。MINAKIが一杯の日本酒に「どんな余韻を届けたいか」を設計するように、久保木畳店 代表取締役・久保木史朗氏も畳の香りや温もりまでデザインし、現代と世界に伝えている。今回は、その哲学と歩みを通して、時を超えて愛される日本文化がいかに新たな価値をまとい、世界の舞台で輝きを放つのかをお届けする。
受け継いだ使命と磨き続ける品質
福島県須賀川市で創業280年以上。十五代目の久保木氏は、当初家業を継ぐ意思はなかったが、父から業界の苦境を記した手紙を受け取り「畳を絶やしてはならない」と決意。熊本八代で生産農家と向き合い、素材の厳選から学び直した。い草の刈り取り、泥染め、乾燥——その一つひとつの工程に、日本文化を支えてきた人々の知恵と手間が込められていることを肌で感じたという。
彼が痛感したのは「古いからという理由では選ばれない」という現実。最高級畳表は安価品より厚く耐久性は3倍、日焼け後も黄金色の美しさを保つ。それでも市場では「安ければいい」と思われがちだったが、品質を示し続けた結果、少しずつ理解が広がった。正当な価格で価値を提供し、生産者も消費者も畳店も報われる“三方良し”の循環を築く——その姿勢は、日本酒の世界にも通じる。
形を変えて広がる畳文化
久保木氏は「伝統を残すには形を変え、現代に順応させること」が必要と考える。象徴的なのが畳コースターだ。和室以外でも畳の趣を楽しめる小さな正方形は、高級寿司店の依頼をきっかけに誕生し、口コミで国内外の飲食店や個人へ広がった。営業ではなく「欲しいと思ってもらえるものづくり」を貫く姿勢が、その広がりを支えている。
さらに、洋間や海外の住宅にも取り入れやすい置き畳を開発。寝転がる心地よさや天然素材の安心感、デザイン性が評価され、海外顧客にも好評だ。畳ビレッジや銀座店では、香り・踏み心地・制作体験を通じて五感で畳を知る場を提供。来店客が靴を脱ぎ、畳に腰を下ろした瞬間に見せる安堵の表情は、い草が持つ力の証でもある。新しい接点から畳文化を広げている。
世界とラグジュアリー空間への挑戦
家業を継いでからの5年間で、久保木畳店は30か国以上へ輸出を実現。きっかけは海外進出する寿司店への畳コースター提供で、そこから自宅用やインテリア用途の注文が広がった。東京・銀座で世界中の旅行者に直接体験してもらう戦略も功を奏している。訪日客が小さな畳を手に取り、「この香りを持ち帰りたい」と目を輝かせる光景は珍しくない。
久保木氏は「世界中の人が畳を素敵だと思う未来」を描く。その思いは、MINAKIの目指す「日本文化の再解釈」と重なる。2025年6月のPorsche Studio Exclusive Night with MINAKIでは、両者の美学を象徴する特製畳コースターを制作。グラス越しに漂う日本酒の香りと、い草の穏やかな香りが交差する瞬間は、多重感覚的なラグジュアリー体験そのものだった。
畳の香りと日本酒の余韻が響き合う未来。久保木畳店とMINAKIは、それぞれの道から日本の美と心を次世代、そして世界へ紡いでいく。
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・有限会社久保木畳店
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